BCPコラム

企業に求められる災害時の安全配慮義務 〜 BCPの本質に迫る〜

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  • はじめに

    『BCPのSOS(セカンドオピニオンサービス)』を開始して以来、おかげさまで多くのご依頼を頂いております。

    ある企業様でのお話です。
    この企業様では、以前に別の災害コンサルタントを雇い、重厚なBCPマニュアルを策定しておいででした。
    ご相談の内容はというと【既存のマニュアルが南海トラフ規模の震災に有効かどうかの見直しをしてほしい】とのこと。 マニュアルを拝見して、私は率直な感想を申し上げました。

    「このマニュアルには、人命に対する配慮が抜け落ちています」


    安全配慮義務とは

    安全配慮義務という言葉はご存知でしょうか。
    聞き慣れない方も多いかもしれません。元は労働安全衛生など法務の分野で用いられてきた言葉です。
    ごく簡単に説明しますと、雇い主は自社の従業員に対して、業務上の事故や健康問題が起きないよう十分に気をつけましょう、配慮しましょうよという考え方のことです。

    例えば、風邪気味で体調が優れない従業員がいたら、その日は危険な作業をやらせないようにするであるとか、長時間の残業が続いている社員には積極的に休みを取らせるようにする、というような対応がこれにあたるわけですね。
    一時、某企業での従業員の長時間労働と自殺が表面化して大きな物議を醸しましたが、これも裁判の争点となったのは企業側の安全配慮義務違反の有無でした。
    最終的には、「従業員の健康に対する配慮を怠った」ということで、敗訴した企業側には多額の賠償金の支払いが命じられたわけですが、企業には社員を(様々な面で)守る義務があるということは、現代日本においては司法によってハッキリと判決がくだされているわけです。

    災害時でも安全配慮義務は適用されるか

    さて、ここ数年、私が身を置く防災業界においても、この「安全配慮義務」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。
    主題となっているのは、「安全配慮義務は、災害時においても適用されるのか?」というポイントです。
    結論から申し上げますと、災害時においても企業の安全配慮に対する義務は適用されるという判例が、すでに数多く出ております。

    転機となったのは2011年に起きた東日本大震災でした。
    この時、地震に伴う被害を受けた方の多くが就労中でした。
    これまでにも国内での大規模災害はありましたが、一般的な就労時間の真っ最中、さらに大企業が集中する都市圏に及んだ災害というのは近年では稀なケースだったわけです。

    被災現場では、平時であれば大きな権限をもたない一般の従業員の方が、災害対応の重大な決断を迫られるというケースが多々発生しました。
    具体例として、東日本大震災関連の訴訟事例を挙げてみましょう。

  • 常磐山元自動車学校津波被災事件

    事件を紐解くにあたり、関東弁護士会連合会作成の「事業継続に求められる企業の安全配慮義務と安全対策」 http://www.kanto-ba.org/symposium/detail/file/h29_jirei.pdf を参照していきます。

    「常磐山元自動車学校津波被災事件」

    東日本大震災で宮城県山元町坂元の「常磐山元自動車学校」が津波に襲われ、教習生や職員ら24人が死亡、14人が行方不明となっていることが分かった。3月は運転免許取得がピークの時期で、地震が発生した11日は卒業式を済ませた高校生らで混み合っていたという。
    同校には11日午後、学科・技能教習を受ける教習生が40人ほどいたという。地震発生後、教習を打ち切り、マイクロバスや教習者など7台に分分乗して校舎外に避難。そのまま相馬市や宮城県亘理町などに教習生を送る途中で、5台が津波にのみ込まれた。

    教習生が15人が死亡、12人が不明。職員はバスを運転していた4人と、海岸線から800㍍離れた校舎に残った5人の計9人が死亡、2人が不明となっている。
    (2011年3月23日 河北新報)

    この事件後、学校側が避難指示を適切に行わなかったとして、教習生遺族らが学校側を提訴する展開をみせます。
    海岸から750m離れた地点の教習所において、「津波到来の可能性は予見できたか」が最大の争点となりました。
    近年の津波の来襲がなかったことや、堤防の存在によって津波の到来は「想定外だった」と主張する被告側に対し、原告側は消防からの避難指示があった点、避難指示マニュアル、訓練が行われていなかった点などから、「想定できたはずだ」と訴えました。

    「事業継続に求められる企業の安全配慮義務と安全対策」では本事案を以下のように解説しています。引用します。

    概要:株式会社常磐山元自動車学校の自動車教習所の教習生25名(18-19歳)と職員1名が津波の犠牲になり遺族が損害賠償請求を求めた訴訟。
    安全配慮義務違反があったとして会社側の責任を認めた。
    会社以外の個人(代表者、役員、学校長、教官ら)の責任は否定した。
    損害保険会社への賠償責任保険金請求は否定した。
    控訴審で順次和解。

    そして、以下の教訓を導き出しています。(一部抜粋)

    災害後にあっても、行政その他が発信する情報を収集し、傾聴し、そのうえで具体的な結果回避行動をとらなければならないことを示している。
    すなわち,現場の担当者自身が、その旨の意識と権限などを会社から教育されていなければならないことを示している。

    現場(教官ら)が具体的な判断をできなかったことを考えると、トップが現場へ直 接指示できる体制の整備があればよかったと言い換えることもできる。
    たとえば、 現場と本社を繋ぐホットラインとなる衛星携帯電話などを準備していれば、現場の 判断を本社からサポートできた可能性がある。

    ハザードマップや過去の災害で「想定外」であり、法的な義務違反にはならないとして、準備がなかったことで、最良の判断ができなかったことは事実である。
    今回、マニュアルがあればマニュアルに従って最低限の現場判断が可能となり、命が救われたかもしれない。
    ハザードマップで安全地帯であっても、想定外を想定した災害対策をしなければ、実際に命を失うことになるということがわかる。

    以上の教訓から以下のようにまとめ、解説が続きます。

    教訓17 従業員、契約当事者において自らの生命・身体の安全を危惧し、業務よりもそれらを優先させて避難をすることは法的にも保護される利益であり、業務を放棄して避難したことを事業者が責めることはできない。

    この教訓は、ぜひ会社経営者のトップにも十分に理解しておいていただきたいと思います。
    そして工場長などの責任者にしっかりと理解させ定着させておいていただきたいと思います。
    なぜならそれは、工場などで地震災害があった場合、避難するか業務を継続するかの選択を迫られた際に、このような教訓があることにより工場長らが安心して「避難」を選択できるようになるからです。

  • 事業継続と安全配慮義務

    関東弁護士会連合会「事業継続に求められる企業の安全配慮義務と安全対策」では、このように安全配慮義務に関する41の判例、および判決・和解内容から導かれる22の教訓を提言しています。
    安全配慮義務と事業継続の関連性を読み解くにあたってはこれ以上ない内容ですので、企業BCPご担当者はぜひ元資料をご覧ください。

    さて、災害時であっても企業には従業員に対する安全配慮義務が発生することはご理解いただけたかと思います。
    では、そもそもの部分に立ち返って、企業が災害後の事業継続を考える上で安全配慮義務を考慮しなければいけない目的とはなんでしょうか?

    私どもが考えるに、安全配慮義務を前提とした事業継続計画の目指すところは、やはり「従業員の命を守ること。」これに尽きるのではないでしょうか。
    「事業継続に求められる企業の安全配慮義務と安全対策」の冒頭には以下のような文章が添えられています。

    つまり、事業継続は「防災の考え方を排除するものではなく、防災の視点に新しい視点を加える」という考え方なのです。
    したがって、事業継続の視点としては、単に重要業務の継続・早期復旧なのではなく、当然ながら人的資源の確保・保全を意味する「人命の安全確保」が大前提なのです。

    日本には、古くから「防火・防災」という考え方がありました。
    ご存知通り自然災害の多い国ですから、地震や津波などが起きたとき、その被害を最小限にするための対策に重きが置かれていたわけです。
    そんなところに、「どうやら事業継続の為には防火・防災だけではダメらしい」ということでBCPの考え方が持ち込まれました。
    するとどうでしょうか、途端に世間の関心はBCPにいってしまい、本来、周知徹底されていたはずの防火・防災はおざなりになってしまいました。

    BCPに関する勉強会やセミナーが連日各所で開かれている一方、その前段階であるはずの初動対応の分野においては、30年前と同じ訓練が平気で行われています。
    その悪しき慣習の筆頭ともいえるのが、水消火器による消火訓練です。

    実際の粉末消火器とはまるで違う、水鉄砲のような直線放射。
    屋外の開けた空間で行われる訓練は、室内であれば起こるはずの炎や消火剤の跳ね返りはありません。
    また、火点を想定した的(まと)からは、火災において最も考慮しなくてはならないはずの有毒ガス、煙は一切発生していません。

    水消火器での消火訓練を経験した一般市民は、それが生死に直結する認識の誤りだと自覚しないまま、「これで初期消火はできるかも」と、訓練後の心地よい疲労感に満足してしまうでしょう。

    火災時における安全配慮とは

    2004年12月に大手量販店のドン・キホーテで店内への放火事件がありました。

    従業員3名が死亡したことで報道でも大きく取り上げられることとなったこの事件、実は火災発見後の速やかな誘導により、来店客含めた全員が、店外への避難を完了していたのです。
    しかし、その後上司から従業員へ、逃げ遅れがいないかの最終確認をするようにと、再突入の指示がありました。

    なぜ上司は再突入を指示したのか?
    そして、従業員はなぜ従ってしまったのか?

    事件の直後、当時のドン・キホーテ代表による文書がHP上で公開されました。
    現在は閲覧できなくなっていますので、以下に一部を引用(原文まま)します。

    事件の約1ヵ月前にあたる11月16日には、この浦和花月店でも消防訓練を実施しており、今回も初期消火に対する行動とお客様の避難誘導に関しては、ほぼ完璧な対応をさせていただいたと認識しています。

    なんと、事件の一ヶ月前に防災訓練を行っていたというのです。
    もしもこれが、先述した水消火器訓練のように、実災害の恐ろしさからかけ離れたものであったのだとしたら……。
    指示を出した上司、それに従ってしまった従業員、訓練に参加した人の記憶に「火災はこんなものだろう」という甘く間違った認識の刷り込みがあったのだとすれば、有毒な煙の充満する店内への再突入という行動に説明がつくような気がしませんか?

    また、2015年には東海道新幹線の車輌内で男性がガソリンをかぶって焼身自殺をした事件がありました。
    ここでも、爆発燃焼後のくすぶった車輌内の残火処理に向かった乗務員が、対応中に煙、有毒ガスを吸引して入院しています。
    [eXciteニュース] 新幹線に防煙マスク・防火手袋搭載へ 焼身自殺受け JR東海

    さて、さきほどのドン・キホーテ放火事件と並行して検証してみると、この2つの事件の類似性が見えてきます。
    つまり、火災及び煙、有毒ガスに対する正しい知識が無い(教育されていない)ことにより、本来被る必要のなかった、防げたはずの人的被害が発生してしまっているという点です。

    火災対応においては、なによりも呼吸の保護、それから視界の保護が優先されます。
    これらを確保したという前提の上ではじめて、消火であるとか、逃げ遅れ確認作業が遂行できるのです。

    過去に同様の事例がありながら、適切な装備品と教育を怠り人的被害を起こしてしまう、これもまた安全配慮義務違反といえるのではないか、そう感じます。

    この一件の後、運行中のすべての新幹線車両に乗務員向けの防煙マスクとグローブの配備が実施されました。

    《追記》 2019年10月1日より、国内すべての飲食店等を対象に消火器具の設置義務付けがスタートします(消防設備等による除外あり)。
    糸魚川市大規模火災を受けて、その後も頻発する飲食店からの火災に対する措置となりますが、 火災に対する正しい知識、教育が行き届いていない現状においては、かえって無謀な初期消火を増長させ、悲惨な事故に繋がってしまうことが懸念されます。
  • BCPと防災の今後

    長々と書いてまいりました。
    考えてみますと、大規模自然災害への対策というのは、会社における何よりも直接的に生死に関わるテーマであって、本来は安全に最も配慮しなければならない分野であるはずです。
    「災害時にも安全配慮義務は適用されるのか?」という議題が盛り上がってしまうこと、それ自体が的外れである気がしないでもありません。
    しかしながら、この機会に災害対策の本質を見直すことは生存している我々の責務でもあります。

    弊社では今後、第二東京弁護士会所属の中野明安弁護士監修の元、これまでの防災マニュアルに対して、安全配慮義務の観点をもったセカンドオピニオンサービスを提供していく所存です。

    東日本大震災から今年で7年となります。
    関連訴訟はいまだに続いており、どのような決着となるかは引き続き注目するところです。

    はっきりしていることは、どのような判決であろうとも、これまで企業、あるいは行政で実施してきたあらゆる災害対策は見直しを余儀なくされるだろうということです。

    形骸化した防災訓練、きれいに整理された防災マニュアル。そんなものは大規模災害では役に立たないということが先の震災で証明されてしまったわけです。
    「想定外」という言い訳が通用しなくなる時代はすでに訪れているのです。

    では最後に、今後の企業における防災対策はどのように進めていけばいいのかということについてですが、 まずは「大規模災害の被害想定を綿密に行う」ということです。
    公設消防の手が回らない中、同僚や家族や、ましてや自分が被災者になるというシミュレーションをもう一度真剣に行いましょう。
    災害対策本部の要員が全員無傷で参集できるとするその根拠は?
    自衛消防隊員が消火に失敗したら?
    弊社コンサルタントのサニーカミヤ氏が提唱する、【状況予測からの「巻き戻し」の思考法】が求められるわけです。

    最悪の事態が想定できれば、あとはそれを順番に、丁寧に対策していくだけです。
    対策に必要な人、装備、体制を揃え、手順書をつくり訓練を繰り返し改善点を探す。
    このサイクルを繰り返すことで初めて、強固なBCPが実現するのではないでしょうか。

    不安を抱える必要はありません。
    迷ったときには「安全配慮義務」があることを思い出せばいいのです。

    冒頭で紹介した企業様には、続けてこのようにお伝えしました。

    「人命優先でいきましょう。それが日本の災害対策なのですから」

    (了)

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